PAGE [04]
[オリンピック]
運転手は静かに微笑みながら、あの頃を思い出す。高級ホテルのベランダから
望む美しいエーゲ海。毎夜くり返された贅を尽くしたパーティー。二日酔いで立
つグランド。広がる青空。貧乏くさい対戦相手。無能なコーチたち。
 試合などどうでもよかった。彼にとってアテネでのオリンピックは観光旅行つ
いでの余興にすぎなかった。夜の放蕩にそなえて抑えめにプレーし、それでも簡
単に勝利を積み重ねていった。運悪く優勝こそできなかったものの、一応メダル
も獲った。そんな彼らの帰国を国民は熱烈な賞賛で迎えてくれた。そう、あの頃
彼は一年で500万ドルを稼ぎ、まぎれもなく栄華の頂点に立っていた。
 それから様々な事が立て続けに起こった。
 オリンピックの翌々年に彼はチームを解雇された。それでも彼は、他の不遇な
同僚と違って、テレビの解説者というありがたい職にあるつくことができた。し
かし、その仕事も2年と続かなかった。野球が国民の関心事ではなくなり、テレ
ビ局がいっせいに野球から手を引いたのだ。その秋、妻は余所で男を作り彼のも
とを去った。気づいた時には彼の手元に残ったのは焼肉店経営の失敗でできた
借金と銅色のメダル一枚だった。
 あれから20年か。彼はバックミラーにかかった銅メダルに目をやり、胸の中で
つぶやく。オレはあの頃、一年で500万ドル稼ぐ男だったんだ・・・

[前n][次n]


[セ編集]