PAGE [03]
[今できないことは、10年たってもできない。思いついたことはすぐにやろう。]
解説:彼が、絵描きになりたいと思ったのは、小学校4年生のときでした。直接のきっかけは、ある絵画コンテストの小学生の部で、金賞をとったことでしたが、そのころ両親に連れられて行った美術館で見た、ヨーロッパの印象派画家たちの絵に、かなり感動を覚えたことも影響しているようでした。
いつか、あんな絵を描いてみたい・・・もし僕の絵が、こんな風に美術館に展示されていたら、いいだろうなぁ・・・彼はそんな夢を心に抱くようになったのでした。彼は、もともと絵を描くことが好きでした。両親や教師も彼の絵に、特別な才能のかけらを感じていました。でも小学生の彼は、絵画教室へ通うとか、毎日デッサンの練習をするとかいうことは、考えていないようでした。絵を描くことは好きでしたが、テレビを見たり、同級生達と遊んだりすることも、同じように楽しかったのです。それに、まだまだ時間はたっぷりあるのです。中学に入ると、彼はいきなり学級委員を任されたり、学習塾へ通いだしたりと、急に忙しくなってしまいました。それでも、画家になりたいという夢は、ずっと持ち続けていました。ただ彼は、そのうち絵の練習をしようと思いながら、高校時代も勉強や遊ぶ事に時間をとられてなかなか思うように行かなかったのです。卒業式は、彼にはとても大きな意味を持っていました。やっと自分自身で時間をコントロールすることができるようになるのです。とりあえず彼は、就職をして学費を貯めながら独学で絵を勉強することにしました。そのため、両親の家を出て、会社の寮に入りました。2,3年したら、美大かデザインの専門学校へ行くつもりだったのです。初めての仕事は楽しかったのですが、寮に帰ると彼は疲れていたので、とても絵をかくことはできませんでした。数年してすっかり仕事が面白くなった彼は、もう美大へ行くことなど忘れてしまっていました。でも、いつかは絵を描いて、偉大な画家になるんだということは夢見ていました。いつも頭に浮かぶのは、自分の絵が世界中の美術館に飾られて、人々がそれを賞賛しているところだったのです。やがて彼は結婚し、子供も二人生まれました。仕事や家族を愛していましたが、ある日彼は知りました。もう画家になるどころではない、もはや毎日が生きるための戦いになってしまっていることを。そんなころ、彼は道を歩いているときに、車にひかれてしまいまいた。幸いけがはたいしたことはなかったのですが、車にぶつかった瞬間、自分の夢のことが頭に浮かんだのです。そして、何かに裏切られたような気がしました。誰が裏切ったのか、何が裏切られたのか・・・からは、病院のベッドの上で、すべてを理解しました。自分自身が、自分の夢を裏切っていたのです。彼はこの何年か、一枚の絵も描いていませんでした。もし、夢を実現させる為に毎日少しづつでも絵を描く努力をしていたら、偉大な画家になれたかもしれなかったのに、彼はそれをしなかったのでした・・・「いまというときいまはなし、『ま』の字きたれば『い』のじすぎゆく」という道歌があります。「いま」の「ま」を言った時にはもはや「い」の字は過ぎ去り、もう二度と帰ってこないということですね。さあ、この大切な「いま」に何をやりましょうか?

市川左圑次(歌舞伎俳優)・・・
[前n][次n]


[セ編集]

[戻る]