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[そのままの自分でいい。そのままの自分が百点満点。]
あるとき牧師が信者達に、「今、何を祈っているのですか?」と問いかけました。すると病気の人は、「健康になれるように祈っています」と答えました。失業中の人は「安定した仕事を」、両親の愛に飢えて育っていた人は「いつも温かい家庭を」と答えます。ところが、一人の人はこんなことを言いました。「私は、どんなことからも逃げたいとは思いません。私が祈るのは、毎日の生活の中で起こるすべてのことを正しいと信じ、すべてに意味を感じる力がほしいからです。私は、自分が幸せであることを感謝しています」その人は、見るからに幸福そうだったということです。どんな人の中にも‘光’と‘影’は存在します。‘光’とは、強さや、他人に誇れる特技や性格などがあります。そして‘影’は、弱さや不安に思う心、他人には知られたくない自分の嫌なところなどです。ほとんどの人は、‘光’の部分は喜んで人に見せようとします。また、この‘光'だけが本当の自分なのだと思い込もうとするようです。そして‘影'の部分は否定して、できるだけ他人には知られないようにします。ときには、自分自身にも見えないように覆い隠そうとするもののようです。でも、いくら覆い隠しても‘影'だって自分の一部ですから、ときには顔を覗かせることもあるでしょう。それを否定するということは、自分を否定することになるのではないでしょうか。それは自分を苦しめることになってしまうのです。それに、心の法則として、否定すればするほど、こだわればこだわるほど、その存在が大きくなっていくということもあるようです。自分の‘影'の存在も認めて、受け入れることができれば、‘光'と‘影'はバランスを取り戻し、調和して循環することができます。強くなるためには弱さが必要ですし、自身を持つ為には、恐れる気持ちも持つ必要があるようです。どうしようもない自分がいるから、何でもうまくいく自分がいるのです。‘光'と‘影'どちらも私達の一部分です。そのどちらにも部分にもこだわることなく、すべてを認めることが本当の自分を知ることになるのです。何をしなくてはいけないと思い込んでいるのか、何を手に入れることができないと思い込んでいるのか。どうあらねばならないと決めているのか、どうあってはいけないと決めているのか・・・そんなこだわりから自由になれば、知ることができるでしょう。本当は何がしたいのか、何がしたくないのか。何をするために、「今」「ここ」にいるのか。そしてそれこそが、「あるがままの自分」を受け入れることになるのではないでしょうか。

山崎房一(教育者)・・・
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